メッセの町は海だった


原風景からのメッセージ


 変貌いちじるしい東京湾の、かつての漁村の集落の中で、今も静かなたたずまいを見せている町、古い歴史の面影を町のあちこちにとどめている町、漁村特有の狭い路地から、頬かぶりをした貝取りのおばさんが、ひょっくりと出てきて「いいお天気ですねえ」などと挨拶を交わしても不思議ではなさそうな町、それが千葉市幕張町である。
 この町は北側に武石・長作という肥沃な後背地を持ち、南側に魚介類の豊庫の遠浅の干潟を抱き、東には印旛沼の水を流す花見川、西には習志野の原を源とする浜田川が流れている。かって、ここは、半農半漁ののどかな海辺の村であった。
 千葉市幕張地域は、現在メッセ会場の地として、国際的に注目されております。
 この幕張は、時代の最先端を切ると共に、歴史的にも古くから「浮島の駅」として、ひらけた所でした。戦国時代には、馬加康胤が館を構え、江戸時代には奉行与力の給地として、青木昆陽が甘藷を試作したりもした由緒ある町です。
 

幕張の年表


海と干潟のある風景

幕張賛歌
干潟の飛行場
ノリの養殖
幕張の海に最後の別れ
メッセ誕生
歴史を訪ねて

三山の七年祭かたり伝え
幕張周辺の社寺めぐり
いも神様の話
参考文献「メッセの町は海だった・写真集/幕張の60年」
編 者:安藤操
発行所:株式会社千秋社



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