地震は、地下の岩盤が、ある面に沿って両側で急激にずれを起こす現象である。そして、この急激な岩盤のずれが周りに震動を伝える。人々は、この震動を地表で感じて地震の発生を知る。この震動が家屋・鉄道・橋などの人工構造物を破壊し、二次的災害として火災などを伴うことが多い。 
1995年1月に発生した兵庫県南部地震の場合では、この急激な岩盤のずれが南西側の淡路島では地表まで達したため地表で地震断層を観察できたが、神戸側でも地下数Kmのところまで達したと思われる。このため震源域の近くでは大きな被害を生じた。ただ、建築物の被害は、その直下の地盤の性質に大きく影響される。また、地震が海底下で発生したときは津波を引き起こすことがあり、山岳地帯であれば山津波、地滑りを発生させ、災害を大きくする。



表1 気象庁震度階級関連解説表(平成8年2月)






人間 屋内の状況 屋外の状況 木造建物 鉄筋
コンクリート
造建物
ライフライン 地盤・斜面
  0 人は揺れを感じない。            
0.5
  1 屋内にいる人の一部が、わずかな揺れを感じる。            
1.5
  2 屋内にいる人の多くが、揺れを感じる。眠っている人の一部が、目を覚ます。 電灯などのつり下げ物が、わずかに揺れる。          
2.5
3 屋内にいる人のほとんどが、揺れを感じる。恐怖感を覚える人もいる。 棚にある食器類が。音を立てることがある。 電線が少し揺れる。        
3.5
  4 かなりの恐怖感があり、一部の人は、身の安全を図ろうとする。眠っている人のほとんどが、目を覚ます。 つり下げ物は大きく揺れ、棚にある食器類は、音を立てる、すわりの悪い置物が、倒れることがある。 電線が大きく揺れる。歩いている人も揺れを感じる。自動車を運転していて、揺れに気づく人がいる。        
4.5
  5
多くの人が、身の安全を図ろうとする。一部の人は、行動に支障を感じる。 つり下げ物は激しく揺れ、棚にある食器類、書棚の本が落ちることがある。すわりの悪い置物の多くが倒れ、家具が移動することがある。 窓ガラスが割れて落ちることがある、電柱が揺れるのが分かる。補強されていないブロック塀が倒れることがある。道路に被害が生じることがある。 耐震性の低い住宅では、壁や柱が破損するものがある。 耐震性の低い建物では、壁などに亀裂が生じるものがある。 安全装置が作動し、ガスが遮断される家庭がある。まれに水道管の被害が発生し断水することがある。[停電する家庭もある。] 軟弱な地盤で、亀裂が生じることがある。山地で落石、小さな崩壊が生じることがある。
5.0
  5
非常な恐怖を感じる。行動に支障を感じる。 棚にある食器類、所棚の本の多くが落ちる。テレビが台から落ちることがある、タンスなど重い家具が倒れることがある。変形によりドアが開かなくなることがある。一部の戸が外れる。 補強されていないブロック塀の多くが崩れる。据え付けが不十分な自動販売機が倒れることがある。多くの墓石が倒れる。自動車の運転が困難となり、停止する車が多い。 耐震性の低い住宅では、壁や柱がかなり破損したり、傾くものがある。 耐震性の低い建物では、壁、梁(はり)、柱などに大きな亀裂が生じるものがある。耐震性の高い建物でも壁などに亀裂が生じるものがある。 家庭などにガスを供給するための導管、主要な水道管に被害が発生することがある。[一部の地域でガス、水道の供給が停止することがある。] 軟弱な地盤で、亀裂が生じることがある。山地で落石、小さな崩壊が生じることがある。
5.5
  6
立っていることが困難になる。 固定してない重い家具の多くが移動、転倒する。開かなくなるドアが多い。 かなりの建物で、壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する。 耐震性の低い住宅では、倒壊するものがある。耐震性の高い住宅でも、壁や柱が破損するものがある。 耐震性の低い建物では壁や柱が破壊するものがある。耐震性の高い建物でも壁、、梁(はり)、柱などに大きな亀裂が生じるものがある。 家庭などにガスを供給するための導管、主要な水道管に被害が発生する。[一部の地域でガス、水道の供給が停止し、停電することもある。] 地割れや、山崩れなどが発生することがある。
6.0
  6
立っていることができず、はわないと動くことができない。 固定していない重い家具のほとんどが移動、転倒する。戸が外れて飛ぶことがある。 多くの建物で、壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する。補強されていないブロック塀のほとんどが崩れる。 耐震性の低い住宅では倒壊するものが多い。耐震性の高い住宅でも壁や柱がかなり破損するものがある。 耐震性の低い建物では、倒壊するものがある。耐震性の高い建物でも、壁や柱が破壊するものがかなりある。 ガスを地域に送るための導管、水道の配水施設に被害が発生することがある。[一部の地域で停電する。広い地域でガス、水道の供給が停止することがある。] 地割れや、山崩れなどが発生することがある。
6.5
  7 揺れに翻弄され、自分の意志で行動できない。 ほとんどの家具が大きく移動し、飛ぶものもある。 ほとんどの建物で、壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する。補強されているブロック塀も破損するものがある。 耐震性の高い住宅でも、傾いたり、大きく破壊するものがある。 耐震性の高い建物でも、傾いたり、大きく破壊するものがある。 [広い地域で電気、ガス、水道の供給が停止する。] 大きな地割れ、地滑りや山崩れが発生し、地形が変わることもある。
※ライフラインの[]内の事項は、電気、ガス、水道の供給状況を参考として記載したものである。
注)計測震度とは、その時点における揺れの強さの程度を数値化したもので、震度系により計測されます。一般に発表される震度階級は、計測震度から換算されます。
震度は、地震道の強さの程度を表すもので、震度系を用いて観測する。この「気象庁震度階級関連解説表」は、ある震度が観測された場合、その周辺で実際にどのような現象や被害が発生するかを示すものである。



 関東地方の浅い地震は北の東北地方から続く列島中央部を通る地震帯で、日光から南下して、埼玉県西部を通り神奈川・山梨県境−伊豆半島東部−伊豆諸島と連なる帯が明瞭である。そのほか千葉県中部−東京湾北部の活動も見える。この関東地方南部は、地下プレートが二枚滑り込んでいるところで世界的にも複雑な構造になっており、色々な型ちの地震が色々なプレート境界やプレート内で発生するため有感地震は大変多い。

千葉県の被害地震
 千葉県は残念ながら、地震も多いし、被害地震が多い。これは前述したように、陸のプレートの下に南からはフィリピン海プレートが滑り込み、東からは太平洋プレートが陸のプレートと沈み込んでいるフィリピン海プレートの下へ滑り込むという世界でも類を見ない複雑な地学的構造になっているからである。そのため、それぞれのプレートの内部での断層運動と共に、二つのプレートの境界でも断層運動を生じており、普通のプレートの沈み込み帯で見られる地震の型より多くの型の地震があり、ひいては地震の数も多いわけである。
 表2に、歴史地震で千葉県に被害を及ぼしたと思われるものを理科表から抜き出した。日本最古の地震として知られているのは、416年の大和の地震とされたいるが、関東地方は近畿地方ほど古文書が古くから残されていないため、一番古い地震が1433年(永享5)年のものである。1900年以降については、銚子地方気象台がまとめたものを表3に示した。



表2 千葉県に被害を及ぼした歴史地震一覧(理科年表からの抜粋)
西暦 月日 備  考
1443
11月
7日
(永享5年9月16日)34.9°N139.5°E(M7)
相模:相模大山仁王の首落ちる。鎌倉で社寺・築地の被害が多かった。当時東京湾に注いでいた利根川の水が逆流、津波か?余震が多かった。[1]
1498
9月
20日
(明応7年8月25日)34.0°N138.0°E(M8.2〜8.4)
東海道全般:紀伊から房総にかけての海岸と甲斐で振動大きかったが、震害はそれほどでもない。津波が紀伊から房総の海岸を襲い、伊勢大湊で家屋流失1千戸、溺死5千、伊勢・志摩で溺死1万、静岡県志太群で流死2万6千など、南海トラフ沿いの巨大地震とみられる。[3]
1605
2月
3日
(慶長9年12月16日)A:33.5°N138.5°EM7.9B:33.0°N134.9°EM7.9
東海・南海・西海諸道:『慶長地震』:地震の被害としては淡路島安坂村千光寺の諸堂倒れ、仏像が飛散したとあるのみ、津波が犬吠埼から九州までの太平洋岸に来襲して、八丈島で死57、浜名湖近くの橋本で100戸中80戸流され、死多数、紀伊西岸広村で1700戸中700戸流失、阿波宍喰で波高2丈、死1500余、土佐甲ノ浦で死350余、崎浜で死50余、室戸岬付近で死400余など、ほぼ同時に二つの地震が起こったとする考えと、東海沖の一つの地震とする考えがある。[3]
1677
11月
4日
(延宝5年10月9日)35.5°N142.0°E(M8)
盤城・常陸・安房・上総・下総:上旬より地震が多かった。盤城から房総にかけて津波があり、小名浜・中之作・薄磯・四倉・江名・豊間などで死・不明130余、水戸領内で溺死36、房総で溺死246余、奥州岩沼領で死123、陸に近いM6級の地震とする説がある。[2]
1703
12月
31日
(元禄16年11月23日)34.7°N139.8°E(M7.9〜8.2)
江戸・関東諸国:『元禄地震』:相模・武蔵・上総・安房で震度大、特に小田原で被害大きく、城下は全滅。12か所から出火、壊家8千以上、死2300以上。東海道は川崎から小田原までほとんど全滅し、江戸・鎌倉などでも被害が大きかった。津波が犬吠埼から下田の沿岸を襲い、死者1千、1923年関東大震に似た相模トラフ沿いの巨大地震と思われるが、地殻変動はより大きかった。[3]
1756

2月
20日
(宝暦6年1月21日)35.7°N140.9°E(M5.5〜6)
銚子:蔵にいたみがあった。酒・醤油の桶を揺り返し、石塔倒れる。。江戸・八王子・日光で有感。
1801
5月
27日
(享和1年4月15日)35.3°N14.0I°E
上総:久留里城の塀など破損、民家の潰れるもの多かった。江戸で有感。
1854
12月
23日
(安政1年11月4日)34.0°N137.8°EM8.4
東海・東山・南海諸道:『安政東海地震』:被害は関東から近畿に及び、特に沼津から伊勢湾にかけての海岸がひどかった。津波が房総から土佐までの沿岸を襲い、被害をさらに大きくした。この地震による居宅の潰・焼失は約3万軒、死者は2千〜3千人と思われる。沿岸では著しい地殻変動が認められた。地殻変動や津波の解析から、震源域が駿河湾深くまで入り込んでいた可能性が指摘されており、すでに100年以上経過していることから、次の東海地震の発生が心配されている。[3]
1866
11月
24日
(慶応2年10月18日)
銚子:銚子市後飯町の浅間社の石の鳥居倒れる。日光・相馬・成田・江戸・干潟で有感。
1877
5月
10日
(明治10年)
太平洋沿岸:チリのイキケ沖の地震による津波、波高は釜石で3mなど。函館などで被害、房総半島で死者があった。
1895
1月
18日
(明治28年)36.1°N140.4°EM7.2
霞ヶ浦付近:北海道・四国・中国の一部まで地震を感じた。被害範囲は関東東半分、全壊47、死9
注)[]内の数字は津波の規模で、最大津波被害海岸での波高が2m前後は1,4〜6m程度は2,10〜20m程度は3を目安に被害状況も考慮して決められる。



表3 千葉県に被害(津波)をもたらした地震(1909〜1989)
(銚子地方気象台と千葉測候所の資料より)

西暦 和暦 月日 時分 震源地
記事
1909 明治
42
3月
13日
23:29 千葉県
東方沖
34.50 141.5   7.5 煉瓦・塀崩壊・瓦の落下・水道管破損などの小被害
1913 大正
2
5月
22日
05:36 茨城県沖 0.23 141   6.1 佐倉付近での棚上の器物徹bらく、陶器店でも被害
1915 4 11月
16日
10:38 千葉県
中部
35.40 140.3   6.0 香取郡万才村・長生郡西村その他2・3カ所で崖崩れ有り、負傷者5人、人家物置つぶれる
1918 7 9月
8日
02:16 ウルップ
島沖
45.50 152   7.9 震災後大津波有り、銚子では4時10分頃より昇降差約40cm
1921 10 12月
8日
21:31 茨城県
南部
36.00 140.2   7.0 印旛郡で土蔵破損数カ所、道路亀裂、千葉・成田で小被害
1922 11 4月
26日
10:11 東京湾 35.20 139.8   6.9 布良で崖崩れ、住家3戸倒壊、館山・北条で煙突破損、壁の亀裂、佐貫で鉄道の被害、県下の被害全壊8・破損771
1923 12 1月
14日
14:51 茨城県
南西部
36.10 139.9   6.3 家屋小破数件、上水路の堤決壊す
1923 12 6月
2日
02:24 関東東方
はるか沖
35.90 142   7.3 房総・常陸沿岸に津波有り
1923 12 9月
1日
11:58 相模湾
(関東
大震災)
35.10 139.5   7.9 甚大な被害、房総南部より市川に及ぶ地盤が隆起し、木更津32cm・北条157cm・又房州南部では地震発生後およそ20分にして5〜6mの津波が押し寄せ、州崎で8.1mの津波の高さを記録、民家60戸・漁船29艘を流失した。尚、死者1,335・負傷者3,426・行方不明者7・全潰31,186・半壊14,919・焼失649・流失71等被害を受けた
1923 12 9月
2日
11:46 千葉県
南方沖
34.90 140.2   7.3 勝浦で瓦落下などの軽被害、津波あり・須の崎30cm
1927 昭和
2
8月
19日
04:28 関東東方
はるか沖
34.00 142   6.9 津波有り・銚子で波高36cm
1928 3 5月
21日
01:29 千葉県
西部沿岸
35.62 140.03 70 6.2 江戸川河口付近で小被害
1950 25 9月
10日
12:21 房総半島
南東沖
35.17 140.32 0 6.3 震央付近で地割れ、電線切断等の軽被害
1951 26 1月
9日
03:32 千葉県
中部
35.40 140.15 50 6.1 久留里で家屋に小被害
1953 28 11月
26日
02:49 房総半島
南東沖
33.98 141.72 60 7.4 房総沖地震、館山・富崎で墓石転倒、犬吠埼灯台で水銀こぼれ、房総半島及び周辺に津波あるも被害無し、銚子付近で推定高波約3m
1956 31 2月
14日
09:53 千葉県
西部
35.72 139.93 60 5.9 軽微な被害
1956 31 9月
30日
08:21 千葉県
北部
35.67 140.13 60 6.3 一般建物・配線などに被害
1960 35 5月
23日
04:11 チリ 38゚s 73.5w   8.3

8.5
チリ地震津波、津波は太平洋沿岸各地を襲い、日本の沿岸には24日02時30分頃到達した。本県における津波の最高は、銚子153p、布良67pで、銚子では第4波、布良では第7波、満潮時を1.5〜2時間過ぎた5時9分から32分の間に起こった。被害は24日早朝に九十九里浜を中心にして銚子〜勝浦の間と、木更津から天羽付近に起こり17時頃の満潮時に再び津波侵入。使者1人、負傷2人、家半壊11戸、大破26等他に被害あり
1961 36 1月
16日
16:20 関東東方
はるか沖
36.03 142.27 40 6.8 小津波あり
1962 37 11月
14日
16:48 千葉県
東方沖
35.73 141.13 40 5.8 銚子市内でショーウィンドウ破損等軽被害
1968 43 5月
16日
09:49 十勝沖 40.73 143.58 0 7.9 1968年十勝沖地震、津波あり、銚子0.8m、布良0.6m
1968 43 8月
15日
07:21 セレベス
0.20 119.8 23 7.4 津波あり、布良5p
1969 44 8月
12日
06:28 北海道
東方沖
42.70 147.62 30 7.8 津波あり、銚子21p
1972 47 2月
29日
18:23 八丈島
東方沖
33.18 141.27 70 7.1 津波あり、布良で波高40p
1972 47 12月
4日
19:16 八丈島
東方沖
33.20 141.08 50 7.2 1972年12月4日、八丈島東方沖地震、津波あり、館山24p
1974 49 8月
4日
03:16 茨城県
南西部
36.02 139.92 50 5.8 瓦、壁の破損、水道、ガス施設などにも被害、停電あり
1975 50 10月
31日
17:30 フィリ
ピン
12.50 126 50 7.4 津波あり、銚子56p、館山42p
1975 50 11月
29日
23:57 ハワイ
諸島
19.50 155.1w 11 7.1 津波あり、布良で波高40p
1976 51 8月
17日
01:11 セレベス
63.00 124 33 8.0 津波あり、布良14p
1978 53 1月
14日
12:24 伊豆大島
近海
34.77 139.25 0 7.0 1978年伊豆大島近海の地震、津波あり、館山24p
1979 54 12月
12日
16:59 エクアド
ル沿岸
1.6s 79.4w 33 7.9 津波発生、太平洋沿岸10〜20p
1980 55 6月
29日
16:20 伊豆大島
近海
34.92 139.23 10 6.7 津波あり、布良18p
1980 55 7月
18日
04:42 サンタク
ルズ諸島
12.5s 165.9 33 7.9 津波あり、布良13p
1980 55 9月
25日
02:54 千葉県
中部
35.52 140.22 80 6.1 軽被害
1982 57 8月
12日
13:33 伊豆大島
近海
34.88 139.57 30   千葉県で家屋一部破損1戸
1985 60 10月
4日
21:26 茨城・
千葉県境
35.88 140.15     印旛郡周辺でショーウィンドウ破損、他軽被害
1987 62 12月
17日
11:08 千葉県
東方沖
35.35 140.48     茂原市、市原市で女性各1名死亡(ブロック塀と石灯籠の下敷き)。千葉県で144名負傷。県庁:窓ガラス破損、3・4階の床が上へ膨らむ。八日市場市:崖が高さ10m幅20m崩れる。道路の亀裂、陥没、堤防の沈下、地盤の液状化現象が多発生した。
1989 平成
1
2月
19日
21:27 茨城県
南西部
        停電250戸
1989 1 3月
6日
23:40 千葉県
北部
        佐原市などで瓦の落下など被害12棟、多古町で水道管破裂


(参考文献「千葉県の自然誌」財団法人千葉県史料研究財団編)